パラグアイに行こう(3代目-2)

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パラグアイ日本人移住資料館(2026年 3月27日)

1・設立の背景と歴史的意義

パラグアイにおける日本人移住資料の保存は、これまで各地の入植地(イグアス、ラ・コルメナ、ピラポなど)にある小規模な資料室や、個人の収集活動に依存してきました。しかし、移住一世の高齢化が進み、当時の記憶や貴重な遺品が散逸する危機に直面しています。こうした状況を受け、パラグアイ日系社会の総意として「全パラグアイ規模での歴史を網羅的に保存・展示する拠点」の必要性が高まりました。特に、2026年の「日本人パラグアイ移住90周年」に向けた記念事業の柱として、日系社会のアイデンティティを再確認し、次世代やパラグアイ社会全体へその足跡を伝えるための殿堂として構想されました。

2・資料館の目的と設置の意図

この資料館の最大の目的は、単なる過去の回想ではなく、以下の3つの柱を軸に運営されることが意図されています。

(1)歴史の継承: 原始林を切り拓いた先人たちの不屈の精神(パイオニア・スピリット)を、実物資料を通じて次世代の日系人に伝える。

(2)対外的な広報: パラグアイ国民に対し、日系コミュニティが同国の農業・経済・社会発展にどのように寄与してきたかを視覚的に提示する。

(3)学術的拠点: 移住史に関する公文書、写真、手記などをデジタルアーカイブ化し、国内外の研究者が活用できる情報センターとしての役割を果たす。

3・収蔵品と展示構成のハイライト

展示は、時間の流れとともにパラグアイの地理的な広がりを感じさせる構成が予定されています。

(1)入植初期の苦闘: 1936年当時のラ・コルメナ入植時に使用された原始的な農機具、伐採斧、生活用具。また、マラリアなどの疫病との闘いを物語る医療器具や日記などが収蔵されます。

(2)戦後の新天地展開: 1950年代以降に建設されたチャベス、フラム、イグアスなどの各入植地の成立過程を、当時の入植計画図や写真パネルで紹介します。

(3)農業革新の記録: パラグアイに大豆栽培を定着させ、輸出大国へと押し上げた「不耕起栽培」の導入プロセスや、野菜・果樹栽培の技術移転に関する資料。

(4)文化の融合: 日本から持ち込まれた着物や楽器、そしてパラグアイの習慣と混ざり合って生まれた独自の生活様式の展示。

4・運営・管理体制

この資料館の管理主体は、パラグアイ国内の各日本人会を統括する「パラグアイ日本人会連合会」です。実務面では、連合会内に設置された「資料館建設委員会」や「歴史資料保存部会」が中心となり、ボランティアや専門家と協力して資料の整理・選別を行っています。また、日本の国際協力機構(JICA)による「移住者団体支援事業」などの協力を得て、展示手法の近代化やデジタル化が進められています。

5・所在地と施設の特徴

資料館は、パラグアイ日系社会の福祉と交流の拠点である「日系福祉センター(Fukushi Center)」の2階部分に配置されます。アスンシオン中心部からアクセスしやすいフェルナンド・デ・ラ・モラ市に位置しており、教育旅行や観光客の受け入れも視野に入れた、バリアフリーで近代的な設計が特徴です。

オープニングセレモニーの前の様子

オープニング後の様子

パスポート

寄贈された神輿、この1階に入口に展示している。

移民船には太平洋横断・パナマ運河経由とアフリカ廻りがあった。

ジャガーのいた移住地

中央には写真が飾られており、正面から新しい最近のカラー写真。対照的に反対側から見ると白黒の開拓同時の写真が並びます。

当時のワスモシ大統領が訪日した際に当時の天皇陛下(上皇陛下)との写真

歴代の連合会長、初代・石井氏、2代・笠松氏、3代・前原(深)氏、4代・豊歳氏、5代・小田氏、6代・前原(弘道)氏、7代・桧垣氏、現在は8代目の石田氏です。

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