パラグアイに行こう(3代目-2)

パラグアイの首都アスンシオン市からの発信です!!

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第3回着物ショー開催(日本人移住90周年)(2026年 7月26日)

概要

第3回着物ショーがアスンシオン市、中央銀行ホールで開催された。この催しは2016年の日本人移住80周年、2019年の日・パラグアイ修好100周年に続くもので、今回が3回目の開催。出演者は当初119名だったが、当日に子ども3名が加わり、合計122名が参加した。この他に運営には約60名のスタッフが携わった。

会場は中央銀行内の大ホール、日曜日なので職員はいませんが立派な会場です。

会場

会場の様子です。リハーサルが行われていました。

いよいよショーの開始です。

司会は内山田さん(旧姓長沢さん)

板垣大使の挨拶

結婚式

プログラムは結婚式をテーマにした演出から始まり、最近結婚された佐藤夫妻と前原夫妻の2組が出演、また前原さんの母親、司会を務めた内山田さんの実母および義母の計3名の年配女性が共に出演した。

写真は板垣大使ご夫妻

佐藤夫妻(奥様の旧姓は西島さん)

前原夫妻(奥様の旧姓は尾崎さん)

子供

続いて子どもたちのステージとなり、ドラえもんのテーマソングに合わせて多くの子どもが出演した。観客席では保護者らがスマートフォンで動画を撮影する姿が多く見られた。

訪問着

次に訪問着と浴衣の紹介が行われ、浴衣の部では和太鼓やよさこいチームも参加し盛り上がった。最後は振袖と袴が披露、人気デュオ「Purahéi Soul(プラエイ・ソウル)」が、振袖の若い女性と共に制作・演奏を手がけたパラグアイ日本人移住90周年テーマソング『Arigatō, Yvy Porã(ありがとう、素晴らしい大地)』を歌い上げた。なお、Purahéi Soulは、ワールドカップの米国での開幕戦、パラグアイVS米国戦の際に、パラグアイの歌手としてパフォーマンスを行った。

浴衣

盆踊りでは炭坑節が実演されました。

(動画の説明)浴衣で炭坑節に合わせて盆踊り

着物ショーでは浴衣紹介の際に「ジャパン文化」所属の太鼓のリズムに合わせて盆踊りを実演、また、来場者に対しては、10月に開催される「日本祭り」でも盆踊りの実演を予定していることを紹介し、「皆さんもぜひ参加してください」と呼びかけました。

(動画の説明)浴衣で「今夜だけでも シンデレラ・ボーイ」に合わせて

荻野目洋子が歌った「今夜だけでも シンデレラ・ボーイ」に合わせて浴衣姿の皆さんが踊ります

振袖・袴

(動画の説明)

Purahéi Soul(プラエイ・ソウル)・曲名: 『Barquito Akãhatã』(バルキート・アカハタ / 意味:きかんぼうの小船、やんちゃな小船)

南米の中心(南米の心臓部・水の国パラグアイ)から、夢や文化の詰まった荷物を乗せて世界の大海原へと進み出る「一隻の小さな船」を描いた楽曲です。自分たちのルーツ(グアラニー文化、伝統的なムブルクヤの花、パラグアイの音楽)を大切に抱えながら、枠にとらわれずに新しい世界へと羽ばたいていくアーティスト自身の旅路や自由な魂、そして故郷への誇りと郷愁が美しく歌い上げられています。

音楽的特徴:

パラグアイ伝統のグアラニア(Guaranía)やフォークロアの情緒をベースに、ソウルやジャズの要素を現代的に融合させた洗練されたサウンドが特徴です。歌詞にもスペイン語とグアラニー語が巧みに織り交ぜられており、パラグアイの豊かな文化覚醒を感じさせる

(動画の説明)

Purahéi Soul(プラエイ・ソウル)「Arigatō, Yvy Porã(ありがとう、美しい大地)

この曲は、日本語の「ありがとう」とグアラニー語の「Yvy Porã(美しい土地)」を組み合わせた題名で、日本人移住90周年の公式テーマ曲として制作された作品です。日本から来た移民がパラグアイの土地に根を下ろし、生活し、社会を築いてきた歴史への感謝を歌う内容であり、単なる音楽というよりも、記念式典における象徴的な「賛歌」の役割を持っています。今回のイベントでも中心的な曲として位置づけられ、日系社会とパラグアイ社会の結びつきを象徴する意味合いが強いものです。

フィナーレ

フィナーレは出演者、サポートをされた方々が舞台に上がり、西島美佳さんが挨拶をしました。

(動画の中でのアナウンスの抄訳:西島美佳さん)

世代を超えて。主催委員会および着物ショーチームを代表いたしまして、皆様のご来場と、この特別な瞬間を共有していただけたことに心より感謝申し上げます。119名のモデルがステージを彩りました。そしてこの素晴らしい成果の舞台裏には、幕の後ろから指導してくださった先生方がいらっしゃいます。本日、特別に感謝を捧げたいと思います。すでに花束をお受け取りですが、例えば、るみ先生、Simón先生へ大きな拍手をお願いいたします!また、エンカルナシオンからも駆けつけて協力してくださいました。本当にありがとうございます。

そして舞台裏には、イベントを完璧に成功させるためサポートしてくれた50名のスタッフがいます。また、この3ヶ月間、着付け等をサポートしてくださったJICAボランティアの丸山さん、どこにいらっしゃいますか? また、ステージ上からは見えませんでしたが、投稿やメッセージ発信などを裏で支えてくださったSandra 工藤さん、遠藤玲奈さんに心から感謝いたします。そして幕の後ろにいる白沢真紀子さんにも感謝いたします。真紀子さん、挨拶のために少し前へお越しください!上がってください!音響・映像チームの皆さんも手を挙げてください。サポートしてくださった皆さん、前へお越しください。そして受付で案内してくださった皆さんも、どうぞ前へお越しください。公式記念写真を撮影しましょう。改めまして、皆様に深い感謝と最大限の敬意を表します。ビバ・パラグアイ!どうもありがとうございました!


(現地新聞記事)

着物ショー、日・パラグアイ友好90年の絆を鮮やかに表現(ラ・トゥリブナル紙・抄訳)

日本人移住90周年を記念する「着物ショー」が先週日曜日、パラグアイ中央銀行(BCP)のホセ・アスンシオン・フローレス劇場で開催され、1,000人を超える来場者を集めた。日本の伝統文化を通じて、日本とパラグアイが90年にわたり築いてきた友好の歴史と、その精神を次世代へ受け継ぐ姿勢を示す催しとなった。会場には政府関係者や各国外交団、大使館関係者らも出席した。主催した日本人会の西島美佳氏はラ・トリブナ紙の取材に対し、「予想を上回る反響でした。中央銀行の劇場は満員となり、2階席まで開放して対応しました。来場者は1,000人を超えました」と語り、盛況ぶりを振り返った。今回の着物ショーは、「感謝と敬意―90年の絆」をテーマに開催された。この言葉には、パラグアイへ移住した先人たちへの感謝とともに、祖父母たちを温かく受け入れ、今日まで協力と友情を育んできたパラグアイ国民への謝意が込められている。西島氏は、「まず移住してきた先人たちに感謝し、何よりも祖父母を受け入れてくださったパラグアイの皆様に感謝したいと思っています。そのおかげで協力と友情の関係が築かれました」と述べた。また、着物は感謝と敬意の象徴として選ばれたものであり、同時に若い世代が両国の文化交流と協力関係を未来へ引き継ぐ決意を表現する存在でもあるという。ショーには100人を超えるモデルが出演し、「子ども着物」「訪問着」「浴衣」「振袖」「袴」など、多彩な和装を披露した。刺繍や手描き染めが施された着物も数多く登場し、その多くは各家庭で何世代にもわたり大切に受け継がれてきた貴重な文化遺産であることが紹介された。フィナーレでは、パラグアイの音楽デュオ「Purahéi Soul」が、日本人移住90周年の公式記念ソング「Arigatō, Yvy Porã(ありがとう、美しい大地)」を披露した。タイトルは日本語とグアラニー語を組み合わせたもので、「ありがとう、美しい大地」という意味を持ち、パラグアイへの感謝の気持ちを表現している。西島氏は、パラグアイの日系社会についても紹介した。国内には日本人会連合会を中心に、アスンシオン、エンカルナシオン、ピラポ、ラパス、ラ・コルメナ、イグアス、ペドロ・フアン・カバジェロなど各地に日本人会が組織されている。日系社会の主要産業は現在も農業であるが、近年は畜産業の比重が高まっているほか、養鶏業やその他の分野にも活動の幅を広げているという。


(現地新聞記事)

「着物ショー」超満員の会場を魅了 日本人パラグアイ移住90周年の歴史と伝統を祝う(ラ・ナシオン紙・抄訳)

文化、歴史、そして感謝の思いが色濃く表れた7月26日(日)、パラグアイ中央銀行(BCP)のホセ・アスンシオン・フローレス大劇場は1,000人を超える観客で埋め尽くされた。日本人パラグアイ移住90周年記念事業の中核イベントの一つである「着物ショー」を観賞するためだ。ステージには119人のモデルと60人以上のスタッフが集結。日本の伝統衣装である着物の代表的な装いを巡る演出で観客を魅了した。最初の移住家族が着任してから90年を経て、日系社会の尽力と、この文化的遺産への理解と保存に対するパラグアイ人々の関心の高まりにより、伝統の価値が今なお脈々と受け継がれていることを再確認させる公演となった。ステージでは、子ども用の可憐な「子供着物」、準礼装として用いられる華やかな「訪問着」、夏の風物詩である伝統的な「浴衣」、未婚女性の第一礼装である重厚な「振袖」、そして式典や祝いの場に欠かせない荘厳な「袴」などが次々と披露された。さらに日本の伝統的な婚礼の様子も再現され、この夜最も感動的で大きな拍手が送られる場面の一つとなった。

主催メンバーの田中クリスティーナ氏は「展示された衣装の多くは、手刺繍や手描きの生地で仕立てられたもので、日本人や日系人の家族によって世代を超えて大切に保管されてきたものです。単なる衣服を超えて、それぞれの着物が歴史や家族の継承、そして尊重、感謝、規律、帰属意識といった価値観の象徴なのです」と感情を込めて語った。また、在日パラグアイ大使のマリオ・トヨトシ氏を通じて、NPO法人「海外に車椅子を送る会」代表の森田博和氏から着物や小物の寄贈を受けたことにも触れ、それらの一部が今回のステージで披露されたことを明かした。田中氏はさらに、「今夜の華やかな舞台の裏には、参加者たちの努力、規律、そしてチームワークという極めて重要な価値が存在します。着物を着付けることは精度と忍耐、学びを要する千年の伝統技術です。若い女性や参加者たちは、各衣装の着付け技術だけでなく、敬意と尊厳を持って着こなすために必要な優雅な立ち居振舞いや姿勢、歩き方を体得するため、数知れない時間を費やしてきました。今日のステージは、彼女たちの継続的な努力、相互の支え合い、そして自らのルーツに対する深い愛の表れです」と強調した。

式典の中で、板垣克己駐パラグアイ日本国大使は、着物が日本の文化的アイデンティティを最も象徴する表現の一つであると強調し、その意義は単なる美しさにとどまらないと指摘。「着物は日本のフォーマルな気品を表し続け、浴衣は夏祭りや家族の集いの歓びを思い出させてくれます。どちらも時代を超えてその本質を保ち続けてきた文化を表現しています」と述べた。また、板垣大使はパーソナルな体験談として、コロンビア出身の夫人が着物に単なる伝統衣装以上の価値を見出したエピソードを披露。「妻は歳月を重ねる中で、着物のなかに日本人の歴史、感性、そして価値観の表現を見出しました。袖を通すたびに深い敬意と感銘を抱いており、その真の気品は外面の美しさだけでなく、それが表す精神の中にこそ存在すると理解しています」と語った。板垣大使はさらに、先人たる日本人移民や、90年にわたり伝統を守り続けてきた人々へ敬意を表し、「それぞれの着物や浴衣は、自らの文化を携えて海を渡った人々の記憶、この懐深い土地でそれを守り続けてきた人々の努力、そしてその遺産を未来へと繋ぐ新しい世代の決意を表しています」と称えた。加えて、アスンシオン日本人婦人会やパラグアイ日系女性陣(Mujeres Nikkei del Paraguay)に対し、この文化遺産の保存と普及への尽力に特別な謝意を示し、その活動がパラグアイと日本の友好の絆を一層強固にしたと評価した。

フィナーレでは、パラグアイのデュオ「プラヘイ・ソウル(Purahéi Soul)」が作詞・作曲した日本人移住90周年公式テーマソング『Arigato, Yvy Porã(ありがとう、美しい大地)』が演奏された。「素晴らしい大地へ感謝を」を意味するタイトルを持つこの楽曲は、1936年の最初の移住家族到着以来、温かいもてなしを提供してくれたパラグアイの人々に対する日本人および日系社会の感謝を表現し、会場全体を深い感動で包み込んだ。本イベントは、日本人パラグアイ移住90周年記念事業実行委員会、実行委員会幹事会、着物ショーチームが主催し、在パラグアイ日本国大使館、パラグアイ中央銀行(BCP)、アスンシオン日本人会婦人部、パラグアイ日系女性チームの協力を得て開催された。なお、一連の記念事業は、パラグアイ上院および下院から「国家 piping/国家有益事業(Interés Nacional)」、国家観光庁(Senatur)から「国家観光有益事業」、国家文化庁から「文化有益事業」、フェルナンド・デ・ラ・モラ市議会から「市有益事業」の宣言を受けている。


(現地新聞記事)

着物に宿る祖先からの美意識・パラグアイ日系移住90周年記念「Kimono Show」、千人超を魅了(ABC コロール紙・抄訳)

パラグアイ中央銀行(BCP)のホセ・アスンシオン・フローレス劇場で7月26日、日本人移住90周年を記念するイベント「感謝と敬意、90年の絆(Gratitud y Respeto, un lazo de 90 años)」が開催された。伝統と華やかさが交錯するこの催しには千人を超える観客が集まり、日本人移民の歩みと日本の伝統文化を象徴する着物の魅力に触れた。このイベントは、「パラグアイ日本人移住90周年記念事業実行委員会」と「アスンシオン日本人会・クラブ連合会」の主導により実現した。およそ1世紀にわたりパラグアイ社会へ溶け込んできた日本人・日系人の歴史を振り返る場となり、着物は祖先たちの記憶と新しい世代を結びつける象徴として紹介された。在パラグアイ日本国大使の板垣克巳氏はあいさつの中で、「着物は単なる衣服ではなく、日本人が大切にしてきた価値観を内包する存在である」と強調した。また今回の展示は、パラグアイへ渡った先人たちの忍耐と不屈の精神に捧げる賛辞でもあると語った。一方、主催側の田中クリスティーナ氏は、会場全体に感動が広がっていたと振り返り、「パラグアイへの感謝という移民の精神的遺産を、日本文化を象徴する美の表現を通じて伝えたかった」と述べた。

子ども用から婚礼衣装まで、多彩な着物を披露

ショーはまず、子どもの健やかな成長と希望を象徴する「子供着物(Kodomo)」から始まった。鮮やかな色彩が特徴で、子どもの健康や成長を祝う特別な行事で着用される。続いて登場したのは訪問着(Houmongi)。肩から袖へと模様が一続きに流れる意匠が特徴で、既婚・未婚を問わず着用できる準礼装として、式典や社交の場で広く用いられている。さらに、夏祭りや花火大会の風物詩として知られる浴衣(Yukata)も紹介された。木綿素材で裏地がなく、軽やかで着やすいことから、下駄とともに親しまれている。華やかな振袖(Furisode)の披露では、75センチから110センチにも及ぶ長い袖が観客の目を引いた。上質な絹で仕立てられた振袖は未婚女性の第一礼装であり、成人式など人生の節目を彩る装いとして知られている。また、袴(Hakama)も紹介された。着物の上から着用するゆったりとした袴は、かつて武士階級と深く結びついていたが、現在では卒業式や宗教儀礼などで着用されている。端正で格調高いシルエットを生み出す衣装として今なお高い人気を誇る。そして公演の締めくくりとして、日本の伝統的な結婚式が再現された。花嫁が身にまとう純白の白無垢(Shiromuku)は、清らかさと新たな人生の始まりを象徴するものとして来場者の心を打った。

着物の歴史

「着物」という言葉は文字どおり「着る物」を意味する。その起源は7世紀、中国・呉の時代の衣服文化の影響を受けたことにさかのぼる。しかし、日本独自の様式が確立されたのは平安時代(794年~1185年)で、幾重にも絹を重ねる装いが発展した。直線裁断による仕立て方法により、複雑な型紙を用いなくても多様な体型に対応でき、折りたたみや保管にも優れていた。本格的な着物は「反物(たんもの)」と呼ばれる一反の布から作られる。一般的な反物は幅約38センチ、長さ約12.5メートルから13メートルほどである。素材には格式の高い絹のほか、木綿、麻、大麻、近年では化学繊維も用いられる。布は八つの長方形のパーツに分けられ、直線縫いで仕立てられることで、生地本来の形状が保たれる。

手間を惜しまない手入れ

着物の手入れにも独特の伝統がある。古来より「洗い張り」と呼ばれる方法が用いられ、着物を一度完全にほどいて布ごとに洗浄する。洗った後は竹製の枠や長い板に張って乾燥させ、再び縫い合わせることで絹の風合いと形状を維持する。保管の際には、しわができないよう決められた手順で丁寧に畳み、「たとう紙」と呼ばれる専用の和紙で包み、湿気から守る。

意外と知られていない着物の作法

着物には西洋ではあまり知られていない厳格な決まりが存在する。その代表が衿合わせで、左前、つまり左側を右側の上に重ねなければならない。逆の「右前」は故人に着せる装いであり、生者がそのように着ることは重大な作法違反とされる。また、帯(Obi)の結び目は必ず背中側に位置させるのが正式な形である。歴史的には、帯を前で結ぶ着装は遊郭の遊女たちを示す特徴だった。着物は四季との結び付きも深い。柄や色彩は無作為に選ばれるものではなく、たとえば桜模様は春に、紅葉をモチーフにした落ち着いた色彩は秋に着用するのが基本とされる。さらに着物の格式は家紋(Mon)の数によって判断できる。一つ紋、三つ紋、五つ紋があり、五つ紋が最も格式の高い正礼装に位置付けられている。

日常着から文化遺産へ

1923年の関東大震災以降、着物の日常着としての地位は徐々に低下した。災害時に素早く避難しにくいという実用上の問題から洋服への移行が進み、着物は人生儀礼や特別な機会のための装いへと変化していった。しかし現在でも日本では古い着物を修復し、三世代にわたって受け継げるよう保存する専門家が存在している。着物は単なる衣服ではなく、家族の歴史や記憶を継承する文化財でもある。その影響は日本国内にとどまらない。世界的なファッションデザイナーや映画製作者が着物の構造や美意識を取り入れており、『スター・ウォーズ』シリーズなどにもその発想を見ることができる。着物は自然観や社会的秩序、そして日本人の精神性を映し出す芸術作品として、国境を越えて高く評価されている。今回の「Kimono Show」は単なるファッションショーではなく、日本移民の歩みと文化を伝える生きた歴史の授業でもあった。公演終了後、会場を包んだ大きな拍手は、日本とパラグアイを結ぶ90年の絆が今なお強固であり、感謝と相互尊重によって支えられていることを改めて示していた。

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