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日本人移住90周年を記念する慰霊祭:ラ・コルメナ宮坂国人公園にて(2026年 5月15日)

2026年 5月15日午前、パラグアイにおける日本人移住の歴史的な起点となったラ・コルメナ市にて、日本人移住90周年を記念する慰霊祭が宮坂国人公園(Parque Kunito Miyasaka)を舞台に執り行われました。この慰霊祭は、1936年の入植開始以来、未開の原生林の開拓や第二次世界大戦による孤立といった幾多の過酷な試練を耐え抜き、今日の繁栄の礎を築き上げた先亡開拓者たちの遺徳を偲び、その魂を慰めるための最も厳かな公式行事として位置づけられています。慰霊碑には2006年に秋篠宮殿下が参拝され秋篠宮文仁親王殿下御参拝記念銘板が付けられています。

80周年の慰霊祭、祝賀会(2016年)

宮坂国人公園(Parque Kunito Miyasaka)

パラグアイの首都アスンシオンから南東に約132km離れたパラグアリ県ラ・コルメナ市の中心部に位置する公的空間である。同公園は、パラグアイにおける最初の日本人集団移住地の開設に法的・経済的基盤を提供した宮坂国人(1888~1974年)の功績を顕彰し、その歴史を伝える目的で整備された。

公園の成り立ちは、1936年の日本人移住の開始に端を発する。当時、ブラジルの移民制限措置を受けて代替の移住先を模索していた日本政府はパラグアイ政府と交渉し、1936年4月30日に大統領令第1026号による100家族の試験的受け入れの承認を得た。この際、外交的摩擦を回避するため、移住地の土地買収および入国手続きは当時ブラジル拓殖組合の有力者であった宮坂国人の個人名義で執行され、ラ・コルメナ移住地が誕生。戦中および戦後の混乱期においても、同氏による名義の維持や経済的支援によって移住地が存続した経緯から、後年、入植者らによってその功績を称えるための公園開園と名称付与が行われた。

街の中心部を占める同公園の敷地内には、宮坂国人の胸像と開拓の歴史を記した記念碑が建立されている。ラ・コルメナ自治体および地元日本人会が共同で管理するこの広場は、地区創設記念や日本人移住記念などの公式式典、および地域住民の文化交流イベントを行う主要な会場として機能している。2026年 5月15日、移住90周年の慰霊祭もこの地で開催された。

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